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私が遠征する理由

キスマイのツアーが決まった。

日程よりも気になったのは会場である。


予測はしていたし期待もしていなかった。

ただそれが現実になるととても切ない気持ちになった。



彼らに会うには今年も飛行機に乗るしかない。



そもそも何故こんなに義務感があるのか、

無理していく必要なんてないのだ。

それでも私をここまで動かすものについて、

真剣に考えてしまう日々。


今の自分にとって遠征するということを

(貯金するためにも)整理していこうと思う。




1.好きだから


そもそも好きだから行く。それだけのお金をかけても会いたいから行く。

どこに住んでいても好きなのは変わらない。

純粋に好き、会いたいという気持ちが私を動かす最も大きなエネルギーのように感じる。




2.こないから


私の住む土地に来ないなら私が行くしかない。当たり前のことだった。



3.非日常を味わいたいから


空港に行くだけでワクワクする私にとって

飛行機を使い別の土地へ飛び出すことは非日常的である。

それにプラスして大好きなアイドルに会えるなんてこんな非日常的な出来事はない。

社会人になり更にこの想いが強くなっている。



4.そのために気を遣えるから


飛行機に乗るということは少なからず

体調は整えておかないと、という気持ちが大きく、最新の注意を払っている私。

一度飛行機に乗る際、航空性中耳炎になった。

それはそれはもう苦しすぎる経験のため、

とにかく体調だけは気をつけるようになった。

この健康管理が私には楽しく感じられる要素である。



5.「女子力」が上がるという錯覚が起きるから


そもそもコンサートに向けて自分磨きをする方は多いと思う。これは私の勝手な自己満足だが、遠征は私の住む土地を背負っている感が強くある。勝手に。

いけない人の分まで私が適当な気持ちで行くわけにはいかない、という激重勘違いハートが私の女子力を上げている、と思う。



6.美味しいものが食べられるから


普段いけない土地へ行くと、そのご当地グルメに出会うことができる。遠征の醍醐味である。結局胸いっぱいでその辺のチェーン店に入りがちであるが、下調べ段階でお店を検索するのもとても楽しい。



7.特別感が増すから

 

ただでさえコンサートは特別だが、遠征は更に特別なものにしてくれると思う。 

お家に帰るまでが遠征。

コンサートの内容だけでなく、その前後の動きまでもが「コンサート」として思い出に残る。

飛行機がギリギリだった、道に迷った

ハプニングも全然その日だから許される。

そして全てが特別な思い出になる。



8.キャリーバックには夢を詰めているから


キャリーバックなんて使う機会はほぼない。

だからこそ、団扇、服、お土産等を

詰めると同時に夢を詰めている。

ただ荷物を詰めているわけではない。

不意に訪れる、キャリーに荷物詰めたい欲。




9.お金とチケットと時間があるから


基本的なことであると思うがこの3つは

必須条件である。そして物理的に必要なものであるといえる。



10.フォロワーさんに会えるから


正直SNSで出会った人と直接会いたいと

思ったことはなかった。

時代も時代なので何があるかわからない。

今でも多少そんな気持ちもあるが

実際に会ってしまうととんでもなく楽しかった。

いつも話しているようだった。

顔を合わせるのは初めてなのに。

そして繋がりがすごい。助け合いもすごい。

私はいつも助けて頂くことが多いのでお礼するチャンスになる。

大好きな人と、大好きな人のことを思う存分話せることがどんなに楽しくて素敵なことか。私の遠征の大きな楽しみでもある。



11.ありえない期待に胸が弾むから


基本的に私の住む土地に芸能人はいない。

そんな地を飛び出ただけでも誰かに会える気がする。

まだ会ったことはない。



12.贅沢できるから


1人で遠征する時にやりがちなのだが、

少しいいホテルを予約する、そして夜の1人の時間を大事にする。遠征でしか味わえない贅沢感がある。

大きなフカフカのベッドに団扇を置いて、1日を振り返りながらお酒を飲む瞬間。

1人も悪くないなと思う。

(寂しいからテレビは大音量だしシャワー怖いけど)

使ったことのない交通機関をドキドキしながら使いこなすのも私にとってはとても有意義な時間である。





総括すると結局楽しいにつながる。

冷静になると色々と思うこともある。



特に「お金」の問題は大きい。

1泊2日でも簡単に万はこえる。

飛行機、ホテルだけではない。食費、チケット、お土産まで。

予算は大きく見積もらないといけない。

時々思うのはこのお金があればもう1公演入れる、ということ。


近くに住む人の倍はお金が必要だ。

同じ公演、同じチケット代でも実質

かかっているお金は比べ物にならない気がする。




そもそも費用がなければ会いにもいけない現実。

社会人になった今だからこそ月1回のペースで遠征しても苦にならない(貯金は厳しい)が、

貧乏学生の頃は本当に1つの公演に絞って、尚且つ最も安い手段を選ぶしかなかった。

行きたくても行けない人はたくさんいるのだ。




今まで費やした遠征費用を計算したら

きっと心が折れる額になるかもしれない。


それでも多くの幸せをもらっていて、

そのために日々頑張れている、と思えば

安いのかもしれない。



住む土地でコンサートにいけることに越したことはないのだけど。


 

番組協力、各種イベントは当たり前に行けない。

卑屈になる方が多い気がする。

むしろデメリットの方がいくつも思い浮かぶ。


交通手段が必ずしも確保されているわけではないし、万全の準備をしても天候や状況で行けないことだってある。




ただ、その想いの分だけ気持ちが募ることは間違いしその2〜3時間のために必死になれる。



コンサートが開催される土地なんて

本当に限られていて、自分の住む地をでるしか会う方法がない人の方が圧倒的に多いし、

「会いたかったぜ◯◯ーーー!!!!」

が聞ける地元民はよくよく考えればごくわずかだ。


聞ける土地に住んでいることだけでも

十分なのかもしれない。



人によって何を大切にするかは勿論異なるし、求めるものだって違う。



でも私が今遠征するにあたって思いついたことは以上である。



まだまだ価値観も変わるし

見ていく世界も変わっていくが、

現状はこれ、ねえ、私、




明日も頑張って働こう。