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私はとんでもなく重い女だった

最近私の中で深刻化する「担降り」問題。


そもそも何故こんな言葉が存在するのか、

そしてこんなにも苦しめられるのか。


ジャニーズを好きになったきっかけと一緒に考えてみた。


私が最初に好きになったアイドルは

SMAPの「稲垣吾郎」である。

生まれた頃から母がSMAPのFCに入っていたこともあり、小さな頃から自然とSMAPの音楽を聴いて育ってきた。


私が吾郎ちゃん!吾郎ちゃん!といっていたのは幼稚園生の時である。今でもはっきり覚えているが、


吾郎ちゃんしか知らなかった

水色が好きだった

私にも好きな人が欲しかった


この3点が私をひたすら吾郎ちゃんと言わせたのだと思う。



それからも車の中ではずっとSMAP

むしろSMAPしか知らなかった。





小学校3年生で転機は訪れる。

人生初めてのコンサートに行けることになったのだ。


なんとなく買ってもらった団扇は中居くん。

特に何がきっかけでもなく、自然と選んだのは中居くんだった。


会場はドーム、

初めての座席はアリーナD。

何がいいのかもわからなかった。

でもお母さんが喜んでいたのは覚えてる。


会場ついてからは雰囲気に飲み込まれていた。とにかくお腹が痛かった。


暗くなってペンライトの光が一面に広がって、歓声が聞こえたあの瞬間は昨日のことのように覚えていて、登場した5人を見て、今までテレビで見てきたあの5人が今目の前にいる、という変な感覚に陥った。

気づいたら涙をこらえるのに必死だった。



そしてこの時人生初ファンサをもらう。

草彅剛のお手振り。

クレーンでものの目の前に来たつよぽん

あれは絶対私を見ていた。

そう信じている。

(のちに一緒に行った父を見ていたのではないかという不安に駆られる時期が来る)


それからありがたいことに、SMAPのコンサートが開催されるたび公演に連れて行ってもらった。


団扇はずっと中居くん。

ファイルも中居くん。


ちょっと髪が長くて、おもしろくて

可愛い中居くんにそれはもう夢中。

非公式のカードもいっぱい揃えた。

その時は公式非公式知らなかった。





しかし、その瞬間は突然訪れた。





2008年、

super modern artistic performance tour





私は恒例のように母とグッズ売り場にいた。

今年の団扇はどんなデザインだろう?

心弾ませていたその時、感情が無になる。

私の好きな中居くんじゃない。

あんなに大好きだったのになんで

こんな気持ちになるのかもわからない。

しかし迫り来る会計。


母はいつものように

「中居くんでいいんだよね?」

と私へ聞く。少し間を置いて私の出した答えは


「木村くん」



いつから好きだったのと驚く母。

そして私は木村くんの団扇を握った。

心ここに在らずだった。


コンサートの内容もあんまり頭に入ってなくて

デザインが可愛かったことしか覚えてない。

なんってことだ。

幼い私にはそれはもうとてつもない衝撃だった。



人生で初めて好きになったアイドルを

ちっぽけなきっかけで担降りした私だが

今でもはっきり覚えてるくらいの衝撃

ということは当初から私は重い女だったのだ。




そして思春期を迎えた私は

木村くんの結婚している事実から目を背け

今日に至る。



デビュー前とか、デビューしてからのことは

本当にわからないし、でも私の成長過程には

常にSMAPがいて。


周りの女の子たちがNEWSやKAT-TUNにキャッキャしている時期も、ずっとSMAPが1番だった私は高校生の時に一度、ジャニ離れする。


その時は木村くんが既婚者なんて

まったく気にしなかったし、カッコイイだけで充分なんて思っていた。



大学生になり、横尾担として戻ってきた私は

何故か木村くんの結婚が受け入れられなくなっていた。

何故だ。私が木村くんを好きになった時から結婚していたのに。

この間、ツイッターでも書いたが

奥さんの出てる番組は見れない。

何故だ。





木村くんの幸せこそがファンの美学なのか、いや、この気持ちに嘘はつけない、嫌なものは嫌なのである、でも私は木村くんと結婚できるわけがないし、結婚したいとも思わない、それは嘘だ、あわよくば結婚したい


こんなことを一人でグルグル巡らせている。


すっごいくだらないと思うけど

私にとって深刻であるということは

結論やっぱりとんでもなく重い女でした。